デジタル教科書の導入にあたって検討すべき課題と論点
2030年度以降に予定されているデジタル教科書の本格導入に向けて、デジタル教科書の教育上・制度上・運用上の課題と論点を整理します。紙の教科書、紙とデジタルの併用(ハイブリッド)、デジタルのみの3つの選択肢について、考えられるメリットとデメリットを整理し、どのように選択すべきかを検討するための基礎資料として提供します。
学校教育法第34条に定められた検定教科書の使用義務は、今回の法改正後も維持されます。本稿では、紙またはデジタルのいずれの形態を選ぶ場合にも、引き続き検定教科書が小中高校の学びの中心となることを前提とします。
1.学びにおける論点
1.1 情報量と認知負荷
紙の教科書よりも、デジタル教科書のほうが、より多くの役に立つ情報を盛り込むことができます。しかし、情報が多いほど学びが豊かになるとは限りません。むしろ、情報量が多いことによって、学びが阻害される場合があります。
これまでに、小学校高学年約11万人、中学生約29万人、計40万人以上がリーディングスキルテストを受検しました。その結果から、教科書に書かれている内容を自力で正確に読み解く力があると考えられる児童生徒は、小学校高学年、中学生ともに7%未満にとどまると推定されます。35人のクラスでは、平均して2~3人でしょう。現在の紙の教科書に掲載されている情報でさえ、多くの児童生徒にとって、正確に読み解くことは容易ではありません。
人が一度に注意を向け、頭の中で処理できる情報の量には限界があります。この限界を超えて情報を処理しなければならない状態を、認知負荷が高いといいます。認知負荷が高くなると、学習内容そのものを考えるために使える余力が減り、重要な情報を見落としたり、複数の情報を結びつけて理解したりすることが難しくなります。
デジタル教科書には、本文だけでなく、動画、音声、アニメーション、ポップアップによる解説、関連資料へのリンク、練習問題など、さまざまな情報を組み込むことができます。つい、「紙とデジタルの長所を組み合わせ、必要な機能だけを適切に使えばよい」と考えたくなります。しかし、そこに大きな落とし穴があります。
目の前の情報量が多ければ多いほど、どのボタンを押すべきか、どの画面を見ればよいか、紙とデジタルのどちらを使うのかといった、操作上の判断に伴う認知負荷が増大するからです。その分、学習内容そのものを理解するために使える認知資源は減ります。
とくに、本文を読んで考えることに困難を感じる児童生徒は、分からない箇所に向き合って考える代わりに、動画を開く、音声を再生する、リンクをたどる、画面を切り替えるといった行動に移ることがあります。苦手な課題にも一定時間取り組み続ける自己制御力が十分に発達していない小学生では、なおさらです。
2010年に、フューチャースクール構想の研究指定校を訪問した際、端末のボタンを次々に操作していた小学校高学年の児童に、いったん操作を止めてもらい、「一つ前の画面には何が表示されていましたか」と尋ねました。尋ねた児童は全員、「覚えていない」と答えました。これは系統的な調査結果ではありませんが、端末を活発に操作していることと、画面上の情報に注意を向け、理解していることとは同じではないことを示す観察事例です(参考資料)。
かといって、紙とデジタルの双方を用意し、学習者が必要に応じて選べるようにすればよい、という単純な問題でもありません。選択肢を増やすことは、理解を助ける手段を増やす一方で、学習者が考えるべき箇所から離れる経路をさらに増やしてしまうことに注意が必要です。
この点で、松本洋平文部科学大臣が、完全にデジタル化された教科書について、現時点では小学校4年生以下で認めるべきではないとの考えを示したことは、妥当な判断だと考えます。小学校低学年・中学年は、文章を読み、必要な情報を選び、分からない箇所にとどまって考える力を身につけている途上にあります。その段階で、教科書そのものを情報や機能の多いデジタル環境に全面的に置き換えることには、慎重であるべきでしょう。一方で、紙の教科書では学ぶことが難しく、デジタル教科書を必要とする児童もいます。この点については、「学習障害や多様な背景をもつ学習者」の項で解説します。
1.2 理解の錯覚
テレビの科学解説番組を見ているときには、よく理解できたと感じたのに、あとで他の人にその内容を説明しようとするとあやふやになり、「トマトはリコピンがあるから体に良い」としか言えなかった、というような経験はありませんか。
テレビの教育番組が数多く作られるようになった1970年代以降、教育学や認知心理学の分野では、映像を見ることで人は何を理解し、何を記憶するのかについて、多くの研究が積み重ねられてきました。
映像には、文章だけでは分かりにくい現象を目に見える形で示せるという利点があります。専門家の説明に合わせて、実験の様子や図、アニメーションが次々に示されるため、見ている間は話の流れを容易に追うことができます。しかし、説明を追うことができたことと、その内容を自分で説明できることは同じではありません。映像やナレーションによる助けがある間は理解できているように感じても、それらがなくなった途端、何が起きたのか、なぜそうなったのかを自分の言葉で説明できないことがあります。このように、動画を見ることで実際の理解以上に「分かった」と感じてしまう現象は、「理解の錯覚」などと呼ばれます。
動画では、説明が制作者の組み立てた順序と速度で滑らかに進みます。視聴者は、その流れについていくことができると、内容そのものを理解したように感じます。しかし、実際には、重要な条件を自分で見つけたり、複数の情報を結びつけたり、結論に至る理由を組み立てたりしたわけではありません。説明するために必要な思考の多くを、番組の構成やナレーションが代わりに行っているからです。
そのため、視聴直後に「分かりやすかった」「よく理解できた」と感じていても、時間がたってから内容を思い出したり、他の人に説明したり、学んだ原理を別の問題に使ったりすると、理解が十分でなかったことが明らかになります。「トマトにはリコピンがある」という結論だけは残っていても、リコピンとは何か、どのような仕組みで健康と関係するのか、どの程度の根拠があるのかまでは説明できない、ということが起こるのです。
デジタル教科書に組み込まれる動画やアニメーションにも、同じ問題があります。動画を見た直後に児童生徒が正解したことや、「分かりやすかった」と答えたことだけでは、内容を理解したとは判断できません。動画の助けがなくても自分の言葉で説明できるか、時間がたっても覚えているか、条件が変わった問題にも応用できるかを確かめる必要があります。
1.3 学力とデジタル教科書
学校教育のデジタル化を日本より早く進めてきたスウェーデンやフィンランドでは、近年、児童生徒の学力低下が問題になっています。PISA 2022では、両国とも数学、読解力、科学の成績が2018年より低下しました。もちろん、これを学校のデジタル化だけで説明することはできません。しかし、少なくとも、デジタル機器やデジタル教材を広く導入すれば、当然に学力が向上するという結果にはなっていません。スウェーデンでは、紙の教科書や読書、手書きを重視する方向への見直しも始まっています。
日本では、2007年度から小学6年生と中学3年生を対象に、全国学力・学習状況調査を実施しています。また、デジタル教科書についても、2010年ごろからさまざまな実証事業や研究事業を進めてきました。本来であれば、デジタル教科書の研究指定校と、それ以外の学校の学力を比較できるデータが公表されていれば、デジタル教科書の利用と学力との間にどのような関係があるのかを、研究者が分析することができます。しかし、両者を結びつけて分析できるデータは公開されていないため、残念ながら直接比較することができません。
ただし、いくつか検討する上での手がかりはあります。2025年7月、文部科学省と国立教育政策研究所が、2016年度、2021年度、2024年度の学力を同じ尺度で比較した「経年変化分析調査」の結果を公表しました。その結果、小学校の国語と算数、中学校の国語と英語で、学力スコアの低下が確認されました。
この低下について、文部科学省は、コロナ禍、ゲームやスマートフォンの利用、家庭の社会経済的背景などを原因として挙げました。しかし、それぞれが調査結果の時系列と整合するかを検討する必要があります。
前回の調査が行われたのは2021年度です。2020年春の全国一斉休校をはじめ、学校教育がコロナ禍によって最も大きな制約を受けた時期の直後でした。それにもかかわらず、2021年度の学力スコアは、2016年度と比べて、小学校国語では横ばい、小学校算数、中学校国語、中学校数学では上昇していました。学力低下が明確に現れたのは、その後の2024年度です。したがって、今回の低下を、学校休業などコロナ禍の直接的な影響だけで説明することは困難です。
ゲームやスマートフォンの長時間利用、家庭の社会経済的背景と学力との関連は、以前から指摘されてきました。これらが学力に影響する可能性はありますが、それだけでは、なぜ2021年度から2024年度にかけて学力が低下したのかは説明できません。とくに、社会経済的背景の低い層ほど低下幅が大きかったのであれば、この時期に学校で生じた変化が、家庭で学習を補いにくい児童生徒に、より大きな影響を与えた可能性を検討する必要があります。
2021年度から2024年度の間に、学校の学習環境に生じた最大の変化は、コロナ禍をきっかけに授業における1人1台端末の利用が急速に広がったことです。資料の閲覧、調べ学習、ドリル、動画視聴、意見の共有、宿題など、授業のさまざまな場面に端末利用が浸透しました。
これだけで、端末利用が学力低下の原因だったと断定することはできません。しかし、今回の学力の低下の原因を検討するのであれば、以前から存在したゲーム利用や経済格差だけでなく、同じ時期に全国の学校で起きたこの大きな環境変化を、主要な検証対象に含めるべきでしょう。
一方、文部科学省は、学校教育のデジタル化に肯定的な結果も公表しています。2024年度の全国学力・学習状況調査では、「自分の考えをまとめ、発表・表現する場面」でICT機器を週3回以上活用し、かつ、課題の解決に向けて児童生徒同士で話し合う学習活動を行っている学校ほど、正答率が高いという分析結果が紹介されました。
ただし、これは、複数の質問項目を組み合わせた結果として得られた、相関係数0.3未満の弱い正の相関です。実は、「自分の考えをまとめ、発表・表現する場面でICT機器を週3回以上活用しているか」だけでは、正答率に有意な差がなく、「ICT機器を週何回活用しているか」という利用頻度だけでも、正答率との有意な関係は確認されなかったのです。これでは、「ICT機器を利用すると学力が上がる」「デジタル教科書を使うと学力が上がる」という説明の根拠にはなりません。
肯定的な結果についても、直ちにデジタル化の効果とみなすのではなく、分析方法や再現性を含めて慎重に評価することが、科学的な政策立案には不可欠です。
以上の結果だけから、デジタル教科書が学力を必ず低下させると断定することはできません。しかし、先行してデジタル化を進めた国々で学力低下と政策の見直しが起き、日本でも端末利用が急速に広がった時期に学力低下が確認された以上、その影響を正面から検証する必要があります。
すでにデジタル教科書の研究指定校では、さまざまな実証研究が進められています。そこで確かめるべきなのは、児童生徒が「分かりやすかった」「楽しかった」と答えたか、授業直後の問題に正解したかだけではありません。まずは、研究指定校におけるデジタル教科書の利用状況と全国学力・学習状況調査の結果を、研究者が分析できる形で公表し、それ以外の学校との比較や、別年度の調査によって再現性を確かめる必要があります。
1.4 教科による特性
「デジタル教科書にすれば、児童生徒の理解の助けになるのではないか」と最も熱い視線が注がれているのは、数学と英語でしょう。
数学では、「多面体を画面上で自由に動かすことで理解が進む」との実践事例をよく聞きます。しかし、中学校数学の授業のうち、多面体を扱う時間はごくわずかです。学習内容の大部分を占めるのは、方程式や一次関数、二次関数などの抽象的な概念と、平面幾何や数の性質に関する証明などです。これらは、画面上に図を描けるようにしたり、図形を画面上で動かせるようにしただけで、理解しやすくなるものではありません。
数学では、定義を正確に読み、式の意味を理解し、複数の条件を同時に考え、論理を一段ずつ積み重ねる必要があります。デジタル教科書に置き換えるだけで、このような数学固有の難しさが解消されるわけではありません。
英語については、デジタル教科書への期待はさらに大きいでしょう。紙の教科書では、文字と静止画しか提示できませんが、デジタル教科書なら、英文や単語の発音を何度でも聞くことができ、会話の場面を動画で見ることもできます。児童生徒が自分のペースで音声を繰り返し聞き、文字と音を対応させられることは、外国語学習にとって大きな利点に見えます。
また、学校の授業時間だけでは、英語を聞いたり話したりする機会が十分ではありません。デジタル教科書を使えば、教師が一人ひとりに発音を聞かせなくても、児童生徒がいつでも標準的な音声に触れられます。そのため、英語は、デジタル化によって最も学習効果が高まりそうな教科だと考えられています。
実際に2020年のコロナ禍を経て中学校でも一人一台デジタル端末の利活用が進み、特に英語ではタブレット端末が盛んに活用されています。では中学生の英語力が向上したかというと、2つの相反する結果が出ています。 一つ目は、英検などの外部検定で一定以上の英語力を認定された生徒が増えていることです。文部科学省が2026年に公表した調査では、中学3年生のうち、英検3級相当以上を実際に取得した生徒の割合は32.6%となり、前年度の27.8%から大きく上昇しました。外部資格を取得していないものの、教師が同等の英語力をもつと判断した生徒を加えると、その割合は54.6%に達し、過去最高の水準です。もう一つは、前述した2024年度の経年変化分析調査で、中学校英語の学力スコアが大きく低下したことです。2021年度には501.1だったスコアが、2024年度には478.2まで下がりました。英検などの外部検定で一定以上の英語力を認定された生徒の割合が増える一方、全国共通の問題で測定した英語力は低下しているのです。2020年度から小学校5・6年生で英語が正式な教科となり、中学生は従来より早く、長く英語を学ぶようになったにもかかわらず、です。
この二つの調査は、対象も測定方法も異なるため、単純に比較することはできません。しかし、少なくとも、英検3級相当以上の生徒が増えたという結果だけをもって、中学生全体の英語力が向上したと結論づけることはできません。小学校で英語を教科化し、学習期間を長くし、デジタル端末の活用を進めた後に、全国共通の尺度で測った英語力が大きく低下している以上、その原因と、二つの結果が食い違う理由について、慎重な分析が求められます。
1.5 学習障害や多様な背景をもつ学習者
デジタル教科書は、すべての児童生徒に同じ効果をもたらすとは限りませんが、紙の教科書では学びにくい児童生徒にとっては、大きな助けになる可能性があります。
たとえば、文字を読むことに困難のある児童生徒は、文字を拡大したり、行間や文字間を広げたり、背景色や文字色を変えたりすることで、文章を読みやすくなる場合があります。読み上げ機能を使えば、文字を目で追いながら音声でも確認できます。書くことに困難がある場合には、キーボード入力や音声入力によって、自分の考えを表現しやすくなることもあります。
また、日本語を母語としない児童生徒にとっては、音声再生、辞書、翻訳、ふりがななどの機能が、授業内容を理解する助けになります。視覚や聴覚に障害のある児童生徒についても、画面拡大、音声読み上げ、字幕などを利用することで、紙の教科書では得にくかった情報にアクセスできる場合があります。 ただし、どの機能が有効かは、障害の種類や程度、学習内容、本人の特性によって異なります。機能を多く使えばよいわけではなく、かえって注意がそれたり、操作の負担が増えたりすることもあります。本人の状態を確かめながら、必要な機能だけを選び、紙の教材や教師による支援と組み合わせることが重要です。
自治体として「紙の教科書」を選択する場合でも、デジタル教科書が必要な児童生徒には、年度当初からデジタル教科書が配布されることが望ましいでしょう。
一方、特定の児童生徒だけがデジタル教科書を使うと、周囲からどのように見られるかを本人が気にするのではないか、と心配する声もあります。多感な時期の児童生徒にとって、ほかの人と異なる教材を使うことが心理的な負担になる可能性には、十分な配慮が必要です。 しかし、その違いを目立たなくするために、すべての児童生徒にデジタル教科書を使わせればよい、ということにはなりません。デジタルのほうが読みやすく、学びやすい児童生徒がいる一方で、画面では文章を読み取りにくい、注意がそれやすい、紙に書き込みながらでなければ理解しにくいなど、デジタル化によって学びが阻害される児童生徒もいます。 必要なのは、全員に同じ方法を強いることではなく、紙とデジタルのどちらを使うかによって優劣や特別扱いの印象が生じない学級環境をつくることです。児童生徒がそれぞれ自分に合った方法を選ぶことを、眼鏡をかけたり、補聴器を使ったりすることと同じように、自然なこととして受け止められるようにする必要があります。合理的配慮とは、違いをなくすことではなく、異なる方法で同じように学べるようにすることです。
1.6 意外な落とし穴ー「デジタルならできるのに、紙だとできない」
タブレット上で漢字ドリルや計算ドリルに取り組み、正解できていたとしても、それと同じことを紙と鉛筆でできるとは限りません。
たとえば、タブレットで漢字練習を続けてきた児童が、中学受験の準備を始めたところ、筆圧が弱く、採点者が読める大きさと形で文字を書くことができず、あらためて書字の練習が必要になったという例があります。
計算でも同じことが起こります。タブレット上では、数字を決められた欄に入力して正解できても、紙の上では桁をそろえて数字を配置できず、筆算を正しく行えないことがあります。
文字を書くことや筆算をすることには、答えを知っているだけでは足りません。鉛筆を適切な強さで動かす、文字の大きさをそろえる、余白を見ながら配置する、桁を縦にそろえるといった、目と手を連動させる技能が必要です。こうした技能は、紙と鉛筆を使って繰り返し練習する中で身につきます。
デジタル教材では、入力欄や罫線、文字認識、選択肢などが学習者の作業を補助します。そのため、画面上では課題を解けていても、実際には教材の機能に支えられており、紙の上で自力で再現する技能が十分に育っていないことがあります。
校外の試験や、その後の学習のすべてがデジタル化されているわけではありません。紙に文章を書き、式を整理し、図や表を描く場面は今後も残ります。デジタル教科書やデジタル教材を導入する際には、画面上で正解できるかだけでなく、紙と鉛筆を使って同じことができるかも確かめる必要があります。
2.海外の先行事例
学校教育のデジタル化を早くから進めたスウェーデンやフィンランドでは、近年、紙の教科書や手書きを見直す動きが見られます。背景にあるのは、画面上では別のサイトやアプリへ容易に移れるため集中が途切れやすいこと、長い文章は紙のほうが読みやすいと感じる児童生徒が多いこと、基礎的な読み書きの力への影響が懸念されていることです。スウェーデン政府は「教科書を増やし、画面を減らす」方針を掲げ、初等教育では読書、筆記、計算などの基礎を重視し、デジタル教材は学習を妨げず、役立つ年齢になってから導入すべきだとしています(参考資料)。フィンランドでも、デジタル教材を広く使ってきた一部の自治体や学校が、児童生徒の集中力や学習状況を踏まえて紙の教科書を再び導入しています。デジタル教材を全面的に廃止するのではなく、紙を学習の基盤として再評価し、デジタルの使用範囲を見直す動きとして注目されています。
韓国では、児童生徒の学習状況を分析し、理解度に応じた教材や課題を提示する「AIデジタル教科書」を、2025年から段階的に導入する計画が進められました。児童生徒の理解度に応じて問題を個別に出し分ける機能を備えた、個別最適化のための正式な教科書として位置づけたのです。しかし、導入前から、教育効果が十分に検証されていないこと、児童生徒の画面利用がさらに長くなること、個人情報の扱い、教員研修や通信環境の不足、授業準備や端末管理による教員負担などへの懸念が強まりました。実際の導入も当初の計画より縮小され、2025年8月には国会が法改正を行い、AIデジタル教科書を法的な「教科書」から、学校や教員が必要に応じて使用する「教育資料」へと格下げされました。韓国ではデジタル教科書の利用自体は広がっていますが、一部の学校では、「理解が深まらず、知識が定着しにくい」として、紙の教科書を再び重視する動きも起きています(参考資料)。
PISAで学力トップクラスのシンガポールは、全国共通のオンライン学習基盤や一人一台端末を整備するなど、教育のデジタル化を積極的に進めています。しかし、少なくとも初等教育では、デジタルを学習の基盤にはしていません。シンガポール教育省は、低学年の学習を「紙を第一とする(print-first)」と明記し、紙による学習に加えて、具体物に触れる経験や、人との身体的・社会的な相互作用を重視しています。低学年では児童にAIを直接使用させず、基礎的な認知能力、実行機能、社会情動的能力の育成を優先します。小学4年生からは、教育省が開発したAIを、授業中に教師の厳格な監督のもとで限定的に使用しますが、その段階でも学習は引き続き「紙を第一」とし、デジタル教育の研修を受けた教師が、学習上の効果があると判断した場合にだけAIを利用するとしています(参考資料)。デジタル先進国であっても、紙をデジタルに置き換えるのではなく、紙を基盤として、デジタルを目的に応じて加える方針を採っているのです。
3.制度上の論点
3.1 「モノ」としての紙の教科書と、「サービス」としてのデジタル教科書
押入れの整理をしていたら、数十年前の小学校の教科書が見つかり、懐かしさのあまり整理が中断されてしまった、という思い出のある人は少なくないでしょう。それは、紙の教科書が「モノ」であり、あなた自身が所有しているからです。
紙の教科書は、学年が終わっても手元に残ります。中学生になってから小学校の教科書を読み返すこともできますし、学校を休みがちだった時期や、十分に勉強しなかった時期を経て、あとから一念発起して学び直そうと思ったときにも、過去の教科書を開くことができます。そこに残された書き込みや線も、自分がどこでつまずき、何を学んだかを示す記録になります。紙の教科書には、そのような所有の利点があります。
これに対して、デジタル教科書は、原則としてその年度に利用するためのサービスです。進級や進学によって契約期間が終われば、過年度の教科書を閲覧できるとは限りません。小学校時代に十分学べなかった子どもが、中学生になってから基礎に戻ろうとしても、手元にあるのは現在の学年の教科書だけ、ということが当然起こり得ます。引っ越しをしたら、前の学校で使っていた教科書は読めないかもしれません。書き込み、マーカー、しおりなども、サービスの終了後に残るとは限りません。
「教科書がなくても、参考書や問題集で勉強すればよい」と考える人もいるかもしれません。しかし、それは、教材を購入する費用があり、本人に合った教材を選ぶ大人が身近にいることを前提とした議論です。
度重なる引っ越しや不登校、家庭の貧困などによって、十分に学ぶ機会を得られなかった子どもが、あとから一念発起して学び直そうとするとき、過去の教科書は学習の出発点になります。学校で何をどの順序で学ぶことになっていたのかがわかり、どこまで理解できていて、どこから戻ればよいのかを確かめることができるからです。
こうした子どもにとって、手元に残る紙の教科書は、単なる思い出の品でも、多数ある教材の一つでもありません。追加の費用や誰かの助言がなくても、自分の意思で学び直すための生命線になり得るものです。
3.2 どこまでが「教科書無償給与」の範囲か
文部科学省の有識者会議は、デジタル教科書を一定期間利用できる状態に保つためのクラウド利用料や維持管理費も、教科書の発行・供給に必要なコストとして、教科書価格に反映させるべきだとしています。しかし、こうした費用まで教科書無償給与の対象として国が負担しなければならないことが、法律に明記されているわけではありません。
実際、デジタル教科書の利用に不可欠な端末や通信環境は、教科書無償給与制度とは別の予算で整備されています。今後、これらの費用の一部または全部が自治体負担となれば、財政状況の厳しい自治体では、デジタル教科書を選択したり、紙とデジタルの両方を使うハイブリッド方式を採用したりすることが難しくなる可能性があります。
有識者会議は、自治体の財政力によってデジタル教科書の利用に地域格差が生じるべきではないと主張しています。義務教育の機会を全国で保障するという理念自体は重要です。しかし、国や自治体の予算には限りがあり、医療、福祉、学校施設、教員配置など、地域格差の解消が求められる分野はほかにもあります。
デジタル教科書への支出を優先し、その費用を国が恒久的に負担すべきだと主張するのであれば、紙の教科書と比べて、児童生徒の学力や理解、知識の定着などをどの程度改善するのか、追加的な費用に見合う効果があるのかを、科学的な根拠によって示す必要があるでしょう。国による一律の財政負担を求める以上、有識者会議には、その優先順位を正当化する科学的根拠を示す責務もあるといえるでしょう。
本稿を書いた経緯
デジタル教科書に関する法律が成立したことを受け、読売新聞、東京新聞・中日新聞など、複数のメディアから取材を受けました。取材では、デジタル教科書の教育上の効果、紙の教科書との違い、海外の動向、費用負担や制度上の問題などについて、それぞれ丁寧に説明しました。
しかし、新聞記事として紙面に掲載できる分量には限りがあり、実際に紹介されるのは、取材でお話しした内容のうち、ごく一部にとどまります。そこで、取材に際してお答えしたことや、その背景にある資料、記事では十分に伝えきれなかった論点を、ここにまとめておくことにしました。
取材を受けた記事は、以下のとおりです。
「授業中に漫画や動画見続ける生徒」「手書き減少」…デジタル教科書に負の側面「立ち止まる勇気も必要」(読売新聞、2026年7月15日)
デジタル教科書で授業がグングン進む? 導入進める日本…海外では「やっぱり紙に」と戻す動きが(東京新聞、2026年7月16日)
参考資料